2017年11月11日

『近代日本の偽史言説』(勉誠出版、2017年11月)のご紹介

ご紹介、というか宣伝です。

一昨年(2015年)11月に立教大学で開かれたシンポジウム「近代日本の偽史言説」が書籍化されました。私の手元には昨日(11月10日)届きました。
私は第4章「「日本古代史」を語るということ――「肇国」をめぐる「皇国史観」と「偽史」の相剋」を担当しました。
 目次は以下の通りです。

http://bensei.jp/index.php?main_page=product_book_info&cPath=9_14_39&products_id=100823
小澤実編『近代日本の偽史言説』(勉誠出版、2017年11月)
ISBN 978-4-585-22192-0 A5判上製 392頁 3800円+税



序章 偽史言説研究の射程 小澤実

第1部…地域意識と神代史
第一章 偽文書「椿井文書」が受容される理由 馬部隆弘
第二章 神代文字と平田国学 三ツ松誠
第三章 近代竹内文献という出来事―“偽史”の生成と制度への問い 永岡崇

第2部…創造される「日本」
第四章 「日本古代史」を語るということ―「肇国」をめぐる「皇国史観」と「偽史」の相剋 長谷川亮一
第五章 戦時下の英雄伝説―小谷部全一郎『成吉思汗は義経なり』(興亜国民版)を読む 石川巧

第3部…同祖論の系譜
第六章 ユダヤ陰謀説―日本における「シオン議定書」の伝播 高尾千津子
第七章 酒井勝軍の歴史記述と日猶同祖論 山本伸一
第八章 日猶同祖論の射程―旧約預言から『ダ・ヴィンチ・コード』まで 津城寛文

第4部…偽史のグローバリゼーション
第九章 「日本の」芸能・音楽とは何か―白柳秀湖の傀儡子=ジプシー説からの考察 齋藤桂
第一〇章 原田敬吾の「日本人=バビロン起源説」とバビロン学会 前島礼子
第一一章 「失われた大陸」言説の系譜―日本にとってのアトランティスとムー大陸 庄子大亮

偽史関連年表
あとがき

 少々お値段がはりますので、気軽に薦めづらいのが難点ですが、それだけの価値はあると思います。
 なお、私の原稿は報告のときからは大幅に書き直されています。シンポジウムの際は、私の準備不足で十分で踏み込んだ話ができなかったので……。



posted by 長谷川@望夢楼 at 03:55| Comment(3) | 偽書・偽文書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年03月05日

「アインシュタインの予言」?

http://deutsch.c.u-tokyo.ac.jp/~nakazawa/others/einstein.htm
中澤英雄「アインシュタインと日本」(『致知』2005年11月号)

 ぼくは全く知らなかったのだが、「アインシュタインは『万世一系の天皇を戴く日本がいずれ世界の盟主となるであろう』と予言した」という話が一部で流布しているらしい。谷口雅春とか清水馨八郎とか名越二荒之助とかいった、ある意味で錚々たる面々がこの話を随所で紹介している由である。これは明らかに「八紘一宇」論であり、常識的に考えても、アインシュタインが本当にこんなことを言ったとはまず思えないのだが。
 で、この「予言」の来歴を丹念に追ったのが、独文学者の中澤英雄氏(東京大学)の上記の文章。中澤氏は、「どこにも確固たる典拠がない」「内容がアインシュタインの思想と矛盾する」という二点から、この「予言」を虚構だと断定している。中澤氏によれば、この「予言」のそもそもの出もとは、なんと「八紘一宇」の言いだしっぺである田中智学(巴之助、1861-1939)その人なのだそうである。
 この偽「予言」が、「アインシュタインという外国の偉い学者が日本のことを褒めている」という理由で広まったことはまず間違いないところだろう。それにしても、孫引きの怖さをつくづく思い知らされる話である。出所不明の文章はうかつに信じるな、必ず一次史料に遡って確認せよ――まあ、鉄則中の鉄則ではあるのだが。
posted by 長谷川@望夢楼 at 07:06| Comment(8) | TrackBack(2) | 偽書・偽文書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年02月25日

“偽文書”「慶安御触書」

 先日、中学生から「テストで1649年に何が出されたかと聞かれて、『慶安の御触書』と書いたけれど、いいのか」と尋ねられた。
 確かに、社会科の先生の意図としては、そういう答えを期待しているのだろう。
 が。
 困るのである。
 というのは、1990年代以後の研究によって、「慶安御触書」は“偽文書”であることが有力視されているからである。少なくとも、この文書が幕府の法令として慶安2年(1649)に出された、という根拠はどこにも見当たらない。当の、慶安2年に幕府から出されたはずの現物は、どこからも発見されていないのである。また、同時代の史料にも、それが出されたという痕跡は見当たらない。
 この文書は、実は元禄10年(1697)に甲府徳川藩領内で藩法として配布された「百姓身持之覚書」という文書なのである(さらにこの原型は、17世紀半ばに甲州・信州一帯で流布していた「百姓身持之事」という教諭書であることも判明している。「百姓身持之事」は少なくとも寛文5年(1665)には成立していた)。これが19世紀初頭に入ってから、「慶安御触書」という名前を付けられ、木版印刷で広められたのである。「慶安御触書」の成立過程について詳しく調査し、偽文書説を本格的に打ち立てた山本英二氏は、これを仕掛けたのは幕府御用学者の林述斎(1768-1841)だと断定している。

 そういうわけだから、この文書は慶安2年に出されたものでもなければ、幕府の法令でもない。ただし、文書自体が近世のものであることは間違いなく、武家による農民統治の理念を端的に示すものとして扱うことは出来るだろう。

 ……という話を説明するのは骨が折れるし、なにより中学生に「歴史の教科書には間違いが書いてあることもある」と説明しするのはちと心苦しい(もっとも、最近の歴史教科書はかなり慎重な書き方になっているのだが)。いや面白い話ではあるんですけどね。
 このテストで具体的にどのような問題が出されたのかは知らないのだが、もし仮に「1649年に江戸幕府が農民に向けて出した法令の名前は」といったような設問であれば、即刻止めていただきたいと思う。もちろん、「この史料から、武家は農民をどのように考えていたことがわかりますか」といったような設問なら問題はないだろうが……。

 この問題については、手近な文献として山本英二『慶安の触書は出されたか』〔日本史リブレット38〕(山川出版社、2002) [Amazon] を参照されたい。最近発行された久野俊彦+時枝務〔編〕『偽文書学入門』(柏書房、2004) [Amazon] でも、「慶安御触書」は偽文書の一例として取り上げられている(p.233)。追記
ラベル:偽書
posted by 長谷川@望夢楼 at 12:17| Comment(5) | TrackBack(2) | 偽書・偽文書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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