2017年11月11日

『徹底検証 教育勅語と日本社会』(岩波書店、2017年11月)の前宣伝

こちらも岩波書店のウェブサイト上に出ていますので、せっかくなので紹介しておきます。11月22日発売予定です。

岩波書店編集部編『徹底検証 教育勅語と日本社会――いま,歴史から考える』
https://www.iwanami.co.jp/book/b325100.html
ISBN 978-4-00-061233-3 四六判並製 224頁 1900円+税

私は、例の国民道徳協会訳について書かせていただきました。






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2010年09月17日

大畠章宏経済産業相

 4年前に似非教育勅語をありがたがって国会でばらまいていた御仁ですが、とうとう閣僚ですか……やれやれ。
(2006年6月22日「『私たちの歩むべき道』、あるいはこれは「教育勅語」ではない」参照。さらにカテゴリ「教育勅語」の各記事も参照のこと。)
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2006年11月13日

教育勅語「国民道徳協会訳」と明治神宮

 現在広く流布している、教育勅語の「国民道徳協会訳」なるものが、じつは元衆議院議員の佐々木盛雄(1908.8.23-2001.8.25)による「口語文訳」(と呼べるような代物ではない)であることは以前(「教育勅語「国民道徳協会訳」の怪」2005年07月19日)に触れた。

 管見の限りでは、この「訳」文が公表されたのは、佐々木の『甦える教育勅語――親と子の教育読本』(国民道徳協会、1972年2月11日発行。国立国会図書館蔵)という著作が最初のようである。同書 pp. 56-57 に「教育勅語の口語文訳(著者の謹訳)」として問題の訳文が掲載されており、その後に「教育勅語の逐語解説」が続いている。「解説」の中には、「「我カ臣民」というのは「わが国民」とと同じこと」(p. 65)や「「皇運」は「国の運命」の意味」(p. 83)といった明らかな意図的誤解釈が何の説明もなく示されていたり、「爾祖先」がさりげなく「わたくしたちの祖先」(p. 85)とすりかえられていたりするなど、おかしな部分が少なくない。このことは以前にも指摘した。

 同書の発行元は「国民道徳協会」となっているが、「あとがき」には「仕方なく自家出版にした」という記述がある。『現代人名情報事典』(平凡社、1987年) p. 441 に佐々木が「国民道徳協会理事長」とあることから見ても、この「国民道徳協会」なるものが、佐々木による(おそらく個人的な)組織であることは間違いないであろう。

 さて、この「口語文訳」が世間に流布するようになったきっかけであるが、どうやら明治神宮が最初の流布元となったようである。1973年(昭和48)9月8日付『朝日新聞』朝刊第21面には、「教育勅語 口語で登場/明治神宮で無料配布」と題する記事が載せられている。

 明治神宮で、参拝客に無料で配られるパンフレットがちょっとした波紋をまき起こしている。パンフの中に「教育勅語」の全文が掲載されたうえ「その口語訳が正文と多少ニュアンスが違うのでは……」との意見も出ているからだ。「いまどき勅語など、時代錯誤もはなはだしい」と軍国主義の復活を心配する人。「勅語は明治天皇が詔勅された。明治神宮が配って当たり前」という人。「戦争を知らない若者に昔を教える意味でもよいことだ」とする見方もある。さて、あなたならどう考える?
    × × ×
 このパンフは縦約十五センチ、横約三十センチの三つ折りで、表に明治神宮、明治天皇、昭憲皇太后の説明など。中を開くと「明治天皇と教育勅語」とあり、天員が勅語を詔勅するに至った簡単ないきさつと、句読、ふりがな付きの「教育勅語の正文」、およぴその口語文訳が並ぶ。宗教法人明治神宮総務部の話では、昨年〔引用者註:1972年=昭和47年〕六月から南神円近くの宿衛舎と、神宮南端の無料休憩所に置かれ、希望者は自由に持ち帰ることができる。
 ところで、勅語の口語訳だが、たとえば「一旦緩急アレハ 義勇公ニ奉シ 以テ天壌無窮ノ皇運ヲ扶翼スヘシ」の部分が「非常事態の発生の場合は、真心を捧げて、国の平和と、安全に奉仕しなければなりません」と、“苦労”のあとがみえる。
 つづいて「是ノ如キハ独リ朕カ忠良ノ臣民タルノミナラス」が「これらのことは、善良な国民としての当然のつとめであるばかりでなく亅などとなっており、「皇室を中心にみ国を愛し務めを楽しく」と題した前文には「勅語にお示しになった大御心は、いかに時代が変わっても、本質的にはいささかの変りもない訳です」と。

 お気づきのように、この「口語訳」は問題の国民道徳協会訳である。同記事が正しいとすれば、佐々木による「口語謹訳」の発表後すぐに明治神宮が配布を始めたようである。

 同紙がこのパンフレットを取り上げたきっかけは、ある大学生の

「年配のかたがたで、教育勅語をいまわしい戦争の思い出とともに、心に抱いている人もあろう。都合の悪い部分を国の平和と安全という美名にすりかえることによって、新たな軍国主義をめざそうとする意図とも読み取れる」

という投書によるという。

 ついで同記事は明治神宮側のコメントを載せる。

 教育勅語の紹介は神宮財務部長、谷口寛(ゆたか)さん(五六)が考えた。谷口さんは「道徳の乱れた世の中です。親孝行や兄弟愛、夫婦の和をといた勅語を、この辺で思い出してほしかった。内容は軍国主義でも何でもない、人間が守らなければならない基本です。おおやけの学校などで配るというならともかく、神宮が配るのですから当然ではないでしょうか」と話す。口語訳は「国民道徳協会訳文による」とある。

 私見では、教育勅語の主要な論点は、天皇による統治の是非と、国家が道徳観念を規定することの是非にあるのであって、「軍国主義」という言い方はかえって問題の本質から目をそらせることになるのではないかと思うが、そのことはひとまず措いておく。

 確かに、明治神宮が教育勅語を配布することそれ自体は、信教の自由や思想・良心の自由、表現の自由などからいっても咎め立てられるべきことではないだろう(もちろん批判ならあってよいが)。しかしそれにしても、明治天皇を祀った明治神宮にとっては、「天壌無窮ノ皇運ヲ扶翼」することよりも「親孝行や兄弟愛、夫婦の和」のほうが大事だ、とでもいうのだろうか。なお、この「訳」を選んだ理由についての説明や、「訳」文の不正確さ、不自然さについての神宮側の釈明は、同記事内には特にない。

 最後に同記事は、識者コメントとして、無着成恭(むちゃく・せいきょう。1927-。僧侶・教育者。「全国こども電話相談室」のレギュラー回答者としても知られた。『山びこ学校』他)、会田雄次(1916-97。西洋史家。保守派の論客としても知られた。『アーロン収容所』他)、佐藤愛子(1923-。作家。『戦いすんで日が暮れて』他)のコメントを載せている。

 これについて「とんでもない。ナンセンスです」と明星学園教諭無着成恭さん(四六)。
 「昭和二十三年に、教育勅語は民主国家の建国の意志に反するとして、国会で失効が確認されたでしょ〔引用者註:より正確には、1948年(昭和23)6月に衆議院で「教育勅語等排除に関する決議」、参議院で「教育勅語等の失効確認に関する決議」がなされている〕。忠とか孝とかは人間の本質というが、道徳なんて両刃の剣です。誤った目的のためにバカ正直なのは、何の値うちもない。勅語に忠実だったために、どれだけの人が苦しんだんですか」
 一方、京大教授、会田雄次さん(五七)は「何も目くじらをたてることはないのでは」という意見。「だって、戦争を連想させるからイカンというのでは、軍歌も歌っちゃいけないことになりゃしませんか。明治神宮の存在そのものがイカンというのなら話は別ですが。まあ、内輪の問題だと思います」。
 また、作者の佐藤愛子さん(四九)。
 「ああいう時代があったということを知る記録として、便利なんじゃないかしら。はっきりさせなくてはならないのは、現代から当時を見つめるためであって、当時に引き戻すためではないこと。だから、口語訳も意訳で逃げずに、正確に訳すべきです」

 このパンフレットそのものはいまでは配布していないようであるが、明治神宮は現在でもウェブサイト上などでこの「国民道徳協会訳文」の紹介を続けている。また、明治神宮が現在でも発行している『大御心――明治天皇御製教育勅語謹解』(明治神宮社務所、1973年1月1日初版発行。ただし、筆者が所持しているのは1984年3月30日発行の第12版)という小冊子にも、この「国民道徳協会訳」が紹介されている。

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2006年06月23日

英訳「教育勅語」

 以下に示すのは、1907年(明治40)に文部省が制定した、教育勅語の正式な英訳である。1909年(明治42)12月に文部省が発行した『漢英仏獨 教育勅語譯纂』(国立国会図書館近代デジタルライブラリー所収、全国書誌番号 41018310)に、原文および漢訳・フランス語訳・ドイツ語訳とともに収められている。現代の読者にとっては、むしろ原文よりも理解しやすいかもしれない。

 少なくとも、「国民道徳協会訳」あるいはそれに類するものがいかにインチキをやっているのかは、この英訳や、先に示した文部省図書局による口語訳とよく見比べていただければ、お分かりになるはずである。

 なお、念のため注意しておくと、大文字の "Our" は国王・皇帝の公式の自称(の所有格。「朕が」または「わが」)である。一人称複数所有格の「われわれの」という意味ではない。

The Imperial Rescript on Education

Know ye, Our subjects:
Our Imperial Ancestors have founded Our Empire on a basis broad and everlasting and have deeply and firmly implanted virtue; Our subjects ever united in loyalty and filial piety have from generation to generation illustrated the beauty thereof. This is the glory of the fundamental character of Our Empire, and herein also lies source of Our education. Ye, Our subjects, be filial to your parents, affectionate to your brothers and sisters; as husbands and wives be harmonious, as friends true; bear yourselves in modesty and moderation; extend your benevolence to all; pursue learning and cultivate arts, and thereby develop intellectual faculties and perfect moral powers; furthermore advance public good and promote common interests; always respect the Constitution and observe the laws; should emergency arise, offer yourselves courageously to the State; and thus guard and maintain the prosperity of Our Imperial Throne coeval with heaven and earth. So shall ye not only be Our good and faithful subjects, but render illustrious the best traditions of your forefathers.

The Way here set forth is indeed the teaching bequeathed by Our Imperial Ancestors, to be observed alike by Their Descendants and the subjects, infallible for all ages and true in all places. It is Our wish to lay it to heart in all reverence, in common with you, Our subjects, that we may all thus attain to the same virtue.

The 30th day of the 10th month of the 23rd of the Meiji.

(Imperial Sign Manual. Imperial Seal.)

ラベル:教育勅語
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2006年06月22日

文部省図書局「教育に関する勅語の全文通釈」

 戦時下における教育勅語の標準的な口語訳として、文部省図書局の「教育に関する勅語の全文通釈」を紹介しておく。これは、文部省図書局が1940年(昭和15)2月に発行した『聖訓ノ述義ニ関スル協議会報告』に収録されているものである。ここでは、佐藤秀夫〔編〕『続・現代史資料 9 教育 御真影と教育勅語 2』(みすず書房、1996), p. 356 より引用した。

教育に関する勅語の全文通釈

朕がおもふに、我が御祖先の方々が国をお肇めになつたことは極めて広遠であり、徳をお立てになつたことは極めて深く厚くあらせられ、又、我が臣民はよく忠にはげみよく孝をつくし、国中のすべての者が皆心を一にして代々美風をつくりあげて来た。これは我が国柄の精髄であつて、教育の基づくところもまた実にこゝにある。汝臣民は、父母に孝行をつくし、兄弟姉妹仲よくし、夫婦互に睦び合ひ、朋友互に信義を以て交り、へりくだつて気随気儘の振舞をせず、人々に対して慈愛を及すやうにし、学問を修め業務を習つて知識才能を養ひ、善良有為の人物となり、進んで公共の利益を広め世のためになる仕事をおこし、常に皇室典範並びに憲法を始め諸々の法令を尊重遵守し、万一危急の大事が起つたならば、大義に基づいて勇気をふるひ一身を捧げて皇室国家の為につくせ。かくして神勅のまに/\天地と共に窮りなき宝祚[あまつひつぎ]の御栄をたすけ奉れ。かやうにすることは、たゞに朕に対して忠良な臣民であるばかりでなく、それがとりもなほさず、汝らの祖先ののこした美風をはつきりあらはすことになる。

こゝに示した道は、実に我が御祖先のおのこしになつた御訓であつて、皇祖皇宗の子孫たる者及び臣民たる者が共々にしたがひ守るべきところである。この道は古今を貫ぬいて永久に間違がなく、又我が国はもとより外国でとり用ひても正しい道である。朕は汝臣民と一緒にこの道を大切に守つて、皆この道を体得実践することを切に望む。

ラベル:教育勅語
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『私たちの歩むべき道』、あるいはこれは「教育勅語」ではない

 以前に教育勅語の「国民道徳協会訳」なる奇怪な「現代語訳」(と呼べるようなものではない)について書いた(「教育勅語「国民道徳協会訳」の怪」2005年7月19日)のだが、その「国民道徳協会訳」を下敷きにしたと思われる、さらにわけのわからん「訳」を見つけた。(経由:ONO-Masa Home Page はてな出張所教育基本法特別委員会委員 大畠章宏氏(民主党)HPより または「誰によってワタシは代表されているのか・代表されたことになっているのか?」について(2−2)。

LETTER from OHATA No.317 「私たちの歩むべき道」(2006年6月12日)大畠章宏の市民情報交換室

明治天皇ご制定「教育勅語」の現代語訳

 通常国会における「教育基本法に関する特別委員会」の実質審議が、6月8日の一般質疑をもって終了しました。法案は継続審議となる見込みです。さて、現在の「教育基本法」の前身である「教育勅語」は、明治23年、明治天皇により制定されたものでありますが、現代社会ではめったに目にする事はありません。いったいどのような内容なのか。茨城県信用組合の幡谷祐一理事長からいただきました『王道』という社員教育用小冊子の中に、現代語訳された「教育勅語」を見いだしましたので、以下にご紹介いたします。

『私たちの歩むべき道』(教育勅語の口語訳)

 『私は、私たちの祖先が、遠大な理想のもとに、道義国家の実現をめざして、日本の国をおはじめになったものと信じます。そして、国民はよき伝統と習慣を形成しながら心を合わせて努力を重ね今日の成果をあげてまいりました。これは、もとより日本のすぐれた国柄の賜とも思われますが、教育の根本もまた、世界の中の日本として道義立国の達成にあると信じております。

 私たちは、子は親に対して孝養を尽くすことを考え、兄弟・姉妹は互いに力を合わせて助け合うようにし、夫婦は仲睦まじく温かい家庭を築き、友人は胸襟を開いて信じあえるようにしたいものです。そして、生活の中での自分の言動については慎みを忘れず、すべての人々に愛の手をさしのべ、生涯にわたっての学習を怠らず、職業に専念し、知性や品性を磨き、更に進んで、社会公共の為に貢献することを考え、また、法律や秩序を守り、非常事態や社会生活に困難が生じたような場合には、真心を持って国や社会の平和と安全に奉仕することができるようにしたいものです。これらのことは、日本国民としての当然のつとめであるばかりでなく、私たちの祖先が、今日まで身をもって示し残された伝統的美風を一層明らかにすることでもあります。

 このような私たちの歩むべき道は、祖先の教訓として、私たち子孫の守らなければならないところであると共に、この教えは、昔も今も変わらない正しい道であり、日本国民ばかりでなく、国際社会の中にあっても、間違いのない道であると考えられますから、私もまた、皆さんと共に、祖先の正しい教えを胸に抱いて、立派な日本人、そしてよき国際人となるように心から念願しております。』

 大畠章宏氏は民主党所属の衆議院議員だが、何のつもりでこの「訳」を紹介したのか、いまひとつはっきりしない。少なくとも批判するためではないようだけれど。(6/30追記:大畠議員は、6月2日の衆議院「教育基本法に関する特別委員会」の席でこの「訳」文を配布した上、肯定的に評価している。) 「教育基本法」の前身である「教育勅語」」といった言い方も引っかかる(そもそも教育勅語は法令ではない)のだが、とりあえずそのことは措いておく。

 この「訳」が「国民道徳協会訳」を下敷きにしていることは、文章全体の流れや「道義国家」「道義立国」といった言葉の選び方などからも明らかなのだが、よく見るとかなり異なっている部分もある。

 たとえば、「我カ臣民克ク忠ニ克ク孝ニ億兆心ヲ一ニシテ世々厥ノ美ヲ済セルハ此レ我カ国体ノ精華ニシテ教育ノ淵源亦実ニ此ニ存ス」のくだりは、「国民道徳協会訳」では「そして、国民は忠孝両全の道を完うして、全国民が心を合せて努力した結果、今日に至るまで、美事な成果をあげて参りましたことは、もとより日本のすぐれた国柄の賜物といわねばなりませんが、私は教育の根本もまた、道義立国の達成にあると信じます」となっていたのだが、この「訳」では「克ク忠ニ克ク孝ニ」(「忠孝両全の道を完うして」)の部分を「よき伝統と習慣を形成しながら」と全く意味の違う言葉に置き換えた上、「世界の中の日本として」という、原文には該当する部分のない言葉を付け加えている。

 さらに問題なのは第二節の徳目条項。原文は「爾臣民……スヘシ」とあるように、明治天皇が臣民に下す命令という形をとっており、「国民道徳協会訳」ですらも「国民の皆さんは……しなければなりません」と、基本的な形は生かされているのに、ここでは「私たちは……したいものです」と、主語が改竄されている上、あたかも明治天皇自身を含めた全国民の努力目標であるかのように語られている。その他にも、「生活の中での」「生涯にわたっての」「真心を持って」などといった、原文に該当する部分のない修飾が付け加えられているし、「天壌無窮ノ皇運ヲ扶翼スヘシ」は当たり前のように無視されている。

 末尾の、「立派な日本人、そしてよき国際人となるように心から念願しております」というのもわけがわからない。原文は「其徳ヲ一ニセンコトヲ庶幾フ」。これを「立派な日本人となるように、心から念願するものであります」と「訳」した「国民道徳協会訳」も十二分にデタラメなのだが、この「訳」はそれに輪をかけてデタラメである。「国際人」なんていったいどこから出てきたんだ。

 どうもこの「訳」は、「国民道徳協会訳」を、原文もろくに確認せずに適当に改竄したものとしか思えない。ともかくも、こんなものは「訳」ではない。教育勅語に似た何か別のものである。

 何故にここまで改竄してまで教育勅語にこだわるのか、とも思うのだが、おそらくこの手の「訳」を奉じる人々にとっては、勅語の具体的な内容よりも、この勅語が明治天皇によって発布された、いわば一種の聖典である、ということの方が重要なのだろう。聖典は神聖なものであるから、たとえ不都合な点があったとしても作り直すことはできない。したがって、時代や状況にうまく適合させるためには、巧みに読み替えを行う必要が出てくるのである。

 個人的には、もし、この手の「訳」のデタラメさ加減に気付いていないんだったら、そんな程度の人間に「教育」などを語って欲しくはないし、もし、知った上でわざとやっているんだったら、そんな人間に「道徳」などを語って欲しくはないのだけど。

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2005年07月19日

教育勅語「国民道徳協会訳」の怪

 数年前(手元のメモによれば2000年8月25日)、改装前の靖國神社遊就館に行った際、「教育勅語」の「国民道徳協会訳」なるものがパネル展示されていたのを見たことがある(現在の遊就館にはそのような展示はない)。が、それを見てぼくは唖然としたものである。意訳にも限度ってものがあるだろう、原文を捻じ曲げすぎだ、これは明治天皇の《聖旨》に対する《不敬》じゃないのか、と――。

 以下に、その「国民道徳協会訳」の全文を引用しよう。なお、出典については後で説明する。

 私は、私達の祖先が、遠大な理想のもとに、道義国家の実現をめざして、日本の国をおはじめになったものと信じます。そして、国民は忠孝両全の道を完うして、全国民が心を合せて努力した結果、今日に至るまで、美事な成果をあげて参りましたことは、もとより日本のすぐれた国柄の賜物といわねばなりませんが、私は教育の根本もまた、道義立国の達成にあると信じます。
 国民の皆さんは、子は親に孝養をつくし、兄弟、姉妹はたがいに力を合わせて助け合い、夫婦は仲むつまじく解け合い、友人は胸襟を開いて信じあい、そして自分の言動をつつしみ、すべての人々に愛の手をさしのべ、学問を怠らず、職業に専念し、知識を養い、人格をみがき、さらに進んで、社会公共のために貢献し、また法律や、秩序を守ることは勿論のこと、非常事態の発生の場合は、身命を捧げて、国の平和と、安全に奉仕しなければなりません。そして、これらのことは、善良な国民としての当然のつとめであるばかりでなく、また、私達の祖先が、今日まで身をもって示し残された伝統的美風を、更にいっそう明らかにすることでもあります。
 このような国民の歩むべき道は、祖先の教訓として、私達子孫の守らなければならないところであると共に、このおしえは、昔も今も変らぬ正しい道であり、また日本ばかりでなく、外国で行っても、まちがいのない道でありますから、私もまた国民の皆さんとともに、父祖の教えを胸に抱いて、立派な日本人となるように、心から念願するものであります。

 まず、この「私」とはいったい誰なのか、一読してすぐにおわかりになられたであろうか。

 教育勅語はその名の通り、明治天皇の勅語という形をとっている。したがって当然、この「私」は明治天皇である。

 次に、比較のため原文を引用する。

朕惟フニ我カ皇祖皇宗国ヲ肇ムルコト宏遠ニ徳ヲ樹ツルコト深厚ナリ我カ臣民克ク忠ニ克ク孝ニ億兆心ヲ一ニシテ世々厥ノ美ヲ済セルハ此レ我カ国体ノ精華ニシテ教育ノ淵源亦実ニ此ニ存ス爾臣民父母ニ孝ニ兄弟ニ友ニ夫婦相和シ朋友相信シ恭倹己レヲ持シ博愛衆ニ及ホシ学ヲ修メ業ヲ習ヒ以テ智能ヲ啓発シ徳器ヲ成就シ進テ公益ヲ広メ世務ヲ開キ常ニ国憲ヲ重シ国法ニ遵ヒ一旦緩急アレハ義勇公ニ奉シ以テ天壌無窮ノ皇運ヲ扶翼スヘシ是ノ如キハ独リ朕カ忠良ノ臣民タルノミナラス又以テ爾祖先ノ遺風ヲ顕彰スルニ足ラン
斯ノ道ハ実ニ我カ皇祖皇宗ノ遺訓ニシテ子孫臣民ノ倶ニ遵守スヘキ所之ヲ古今ニ通シテ謬ラス之ヲ中外ニ施シテ悖ラス朕爾臣民ト倶ニ拳々服膺シテ咸其徳ヲ一ニセンコトヲ庶幾フ

 さて、どこがおかしいかおわかりだろうか。

 教育勅語はもともと極めて難解かつ曖昧であり、多様な解釈を許すように作られている。そのため、全体は理解できなくても「爾臣民父母ニ孝ニ兄弟ニ友ニ……」という徳目のくだりだけは印象に残っている、ということが多い。

 しかし、それにしたってこれはひどすぎる。

 見ての通り、「訳文」は原文に比べ分量が2倍近くにふくれあがっている上、原文と一対一対応していない。逐字訳ではなく、かなりの意訳である。

 それだけでも「口語訳」としては十分に問題なのだが、良く見ると「以テ天壌無窮ノ皇運ヲ扶翼スヘシ」にあたる部分がどこにも見当たらない。しいていえば、「国の平和と、安全に奉仕しなければなりません」がそれにあたる部分だが、「天壌無窮ノ皇運ヲ扶翼スヘシ」(「天壌無窮」=天地とともにきわまりないこと、すなわち永遠。つまり、「永遠に続いていく天皇の運をたすけなさい」という程度の意)とは全く意味が違う。教育勅語は、天皇をたすけよ、と言ってはいるが、国をたすけよ、と言っているわけではないのだ。だいたい、「平和」や「安全」など、いったいどこから出てきたのだ?

 「父母ニ孝ニ……」から「……皇運ヲ扶翼スヘシ」までの徳目の部分については、それぞれの徳目は独立して列挙されている、とする解釈と、すべての徳目は最後の「以テ天壌無窮ノ皇運ヲ扶翼スヘシ」に収斂する――つまり、「父母ニ孝ニ」するのも「夫婦相和」するのも「学ヲ修メ業ヲ習」うのも、すべては天皇陛下のためである――とする解釈とがある。初期は前者の解釈が優勢であったが、国定第2期修身教科書『高等小学修身書』巻2(1913=大正2)以後、後者の解釈が広まることになったという(籠谷次郎「教育勅語」、原武史+吉田裕〔編〕『岩波天皇・皇室辞典』岩波書店、2005)。戦前の文部省の公式解釈は後者ということになるが、この解釈をとるとすれば、文意のねじまげにも程がある、ということになる。また、前者の解釈をとるにしても、重要な部分を無視してしまっていることには変わりない。

 その一方、原文のどこにも無い「日本」という語が4回も出てくる。「立派な日本人となるように」など、どうやら「咸其徳ヲ一ニセンコトヲ」(みなその徳を同じくするように、というほどの意)を「訳」したらしいのだが、なぜそうなるのかわからない。「道義国家」「道義立国」なども原文にないキーワードである。

 また、「臣民」(天皇の臣下たる民)をすべて「国民」に置き換えているのは、若干意味が異なるとはいえ、まだ理解できなくもない。しかし、「朕カ忠良ノ臣民」(私の忠良な臣民)を「善良な国民」と「訳」するのは明らかにおかしい。教育勅語においては、国民は単に「善良」であるべきだけではなく、天皇に対して「忠義」であるべきとされているのであるが、そのことがこの「訳」からは抜け落ちてしまっているのである。

 さらにあきれたことに、なんと「皇祖皇宗」(私=明治天皇の祖先)と「爾祖先」(あなた=臣民の祖先)に同じ「私達の祖先」という「訳」を当てている! これは明白な意図的誤訳である。教育勅語では、「朕」(私=明治天皇)と「臣民」は明確に峻別されており、混同されてはいないし、またそうされてもならない。「我カ皇祖皇宗ノ遺訓ニシテ子孫臣民ノ倶ニ遵守スヘキ所」を「祖先の教訓として、私達子孫の守らなければならないところ」と「訳」しているのも、やはり天皇と臣民を勝手に混同している。

 教育勅語は、大日本帝国の絶対的統治者たる明治天皇が、臣民に対して、臣民が守るべき道徳律を示したもの、という形式をとっている。つまり、中心となるのはあくまで天皇だし、またそうでなければならない。ところが「国民道徳協会訳」では、その天皇がどこかに行ってしまっている。意図的に「天皇」が「国」に置きかえられているのである。勅語の主語は天皇でなければならないはずなのだが、「国民道徳協会訳」では(日本国民であれば)誰であってもよいようになってしまっている。

 いったい、この「国民道徳協会訳」とは何なのか。 Google で「国民道徳協会」を検索してみても、この「訳」文を転載したページが山ほど引っかかってくるだけで、よくわからない。

 国立国会図書館蔵書検索システムで「国民道徳協会」を検索すると、以下の四冊がヒットする。

  1. 国会デモ規制論 / 佐々木盛雄. -- 国民道徳協会, 1968
  2. 甦える教育勅語 / 佐々木盛雄. -- 国民道徳協会, 1972
  3. 狂乱日本の終焉 / 佐々木盛雄. -- 国民道徳協会, 1974
  4. 『教育勅語』の解説 / 佐々木盛雄. -- 国民道徳協会, 1979.4

 佐々木盛雄(1908-2001)は元衆議院議員(在任1947-52, 53-55, 58-60。所属は自由党、のち自民党)で、第5次吉田茂内閣(1953年5月〜54年12月)の労働政務次官、第1次池田隼人内閣(1960年7月〜12月)の内閣官房副長官などを務めた人物である。著作としては、他に『断絶の日本』(日本教文社、1969)、『教育勅語』(みづほ書房、1986)、『修身の話』(同、1998)などがある。この人物が理事長を務めていたのが、国民道徳協会なのである(『現代人名情報事典』平凡社、1987、『衆議院議員名鑑』大蔵省印刷局、1990、他による)。この協会が現存しているのかどうかは、寡聞にして知らない。

 このうち『『教育勅語』の解説』には、問題の「国民道徳協会訳」と同じものが「著者の謹訳」として掲載されている(実は、上の「訳」文は同書 pp. 56-57 から引用したもの)。つまり、「国民道徳協会訳」とは、正確には佐々木盛雄「訳」というべきものなのである。

 この「訳」は、神社関係にはかなり流布しているようで、例えば以下のサイトに転載されている。

 ……仮にも明治天皇を祀った神社が、こんな《不敬》な、原意ねじまげまくりの「訳」を掲げてていいのかねえ。

 それにしても、このような「訳」を作ったり、またそれを流布させたりしている人々は、いったい何がやりたいのだろう。彼らは果たして教育勅語の「復活」を望んでいるんだろうか。確かに、このような「訳」文を見て、「教育勅語にもいいところはあった」と思う人間は増えるかもしれない。しかし、そこで肯定されるのは教育勅語そのものではなく、勅語とは似て非なるものではないか。

 ちなみに、例の『新しい歴史教科書』に掲げられた「教育勅語」の訳文でも、やはり「以テ天壌無窮ノ皇運ヲ扶翼スヘシ」は無視されている。

 国民は,父母に孝行し,兄弟は親しみ合い,夫婦は仲むつまじく,友人は信じ合い,つつしみ深く,高ぶらず,民衆に広く愛をおよぼし,学問を修め,技術を学び,かくして知能を向上させ,人格を完成し,進んで国家・社会の利益を拡大し,(中略)国家や社会に危急のことがおこったときは,進んで公共のためにつくさなければなれない。〔『新しい歴史教科書』改訂版, p. 161〕

 「国憲ヲ重シ国法ニ遵ヒ」を省略しているのも不思議ですな。

posted by 長谷川@望夢楼 at 17:17| Comment(9) | TrackBack(7) | 教育勅語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする