2017年01月22日

『郷友』誌掲載の奇怪な講演録(5)昭和天皇が戦後巡幸で最初に行ったのは広島?!

第1回第4回

  • 三上照夫「講演要旨 大東亜(太平洋)戦争は日本が仕掛けた侵略戦争か」『郷友』第35巻第1号通巻第407号(東京:日本郷友連盟、1989年1月1日発行)28〜45頁。

[…]陛下は母君の前で頭を垂れて泣かれたそうです。どうしたらいいのかと、陛下の万才[原文のママ]をさけんで死んでいった護国の英霊の労苦を労りなさい、遺家族の労苦を労りなさい、産業戦士の労苦を労りなさい、これが陛下の行幸に成ったのでした。最初の地は広島でした、原爆の地、広島でした。共産党の腕ききが、今こそ戦争の元凶である裕仁に対して、恨みを報じようではないかとビラをまき、宣伝カーで彼らは叫びました。陛下は一兵の護衛を持たず、ツギのあたった背広をお召しになり、中折れ帽をかぶって、広島の駅頭に立たれたことは、我らの記憶に新しいところであります。むしろ陛下がおいたわしかった、万才、万才の歓呼をもって迎えられました。[44頁]

 昭和天皇のいわゆる戦後巡幸は、通例、1946年2月の神奈川県(川崎・横浜)行幸に始まるとされている。最初のうちは日帰りで戻ってこれる範囲で行われていたが、同年10月の愛知・岐阜行幸からは数日間かかる日程で行われるようになる。広島県を含む中国地方への巡幸が行われたのは1947年11〜12月だし、いきなり広島に向かったのではなく、鳥取・島根・山口と回ってから広島に入っているのである。

 昭和天皇は1947年12月5日に山口県から広島県大竹市に入り、さらに宮島に渡って2泊し、12月7日、宮島から船、ついで自動車に乗って広島市内に入った。そして市内視察後、広島駅からお召し列車に乗り、呉市を視察したのち、三原市で宿泊している(『新聞集成昭和編年史 二十二年版VI』501, 511-512, 525-526頁)。だから、三上がいうように、最初に「広島の駅頭に立たれた」わけではないし、当然「我らの記憶に新しい」はずもない。だいたい「一兵の護衛を持たず」などということが現実にあり得るかどうか、常識的に考えてみればわかることである(まさか、「警官は兵隊じゃないから『一兵の護衛を持たず』という表現は正しい」とか言うつもりじゃあるまいな)。

 なお、昭和天皇が戦後巡幸を決意したきっかけは、1945年11月に行われた伊勢神宮・神武天皇陵(奈良県橿原市)・明治天皇陵(京都市伏見区)への「終戦奉告行幸」で、予想外の大歓迎を受けたことと、民間情報教育局(CIE)のK・R・ダイク局長から巡幸を薦められたことにある、といわれている(瀬畑源「象徴天皇制における行幸――昭和天皇「戦後巡幸」論」河西秀哉編著『戦後史のなかの象徴天皇制』吉田書店、2013年、所収)。

言えばやはり記録に残りましょうから、その県名と市名は申しませんが、北陸のある所に於いては、「朕はタラフク飯を食う」、「汝臣民飢えて死ね」、とのプラカードを仕立て、共産党が二千名のデモ行進をやったことは事実でした。[44頁]

 なんで場所を伏せて、秘密めかして語る必要があるのだろうか。実際は東京の、それも皇居前広場で起こった非常に有名な事件なのに。

 1946年5月19日、皇居前広場において、食糧配給遅配に対する大規模抗議デモ「飯米獲得人民大会」、通称「食糧メーデー」が開催された。参加者はじつに25万人といわれている。この事態を重大視したマッカーサーは、翌20日、「暴民デモを許さず」とする声明を発表、さらに24日には、昭和天皇が食糧危機突破のための協力を呼びかけた「第二の玉音放送」がラジオ放送されている。

 この食糧メーデーの際、ある日本共産党員が「ヒロヒト 詔書 曰ク国体はゴジされたぞ 朕はタラフク 食ってるぞ ナンジ人民 飢えて死ね ギョメイギョジ」という詔書のパロディの書かれたプラカードを掲げたとして、不敬罪で起訴される、という事件が起こる。1947年の刑法改正で不敬罪が廃止されたため、この事件は不敬罪で起訴された史上最後の例として知られるが、最高裁で免訴となっている。

陛下に向かっての発砲もありました。ある八二歳の老婆が犠牲になったことも、ある中国地方の一角でありました。[45頁]

 管見の限り、戦後巡幸で実際にテロが行われた例はないはずである。探してみたが、1947年11〜12月の中国地方巡幸の際、下関で朝鮮人グループが天皇暗殺を計画したが、密告によって事前に摘発された、という記録(秦郁彦『裕仁天皇五つの決断』講談社、1984年、225〜226頁)があるぐらいである。また、1951年11月12日に京都大学を巡幸した際、学生たちのデモ隊が押しかけて騒然となる事件(京大天皇事件)が起こっているが、テロとはほど遠い。いったい、いつ、どこであった話だというのだろうか。

第6回につづく)

posted by 長谷川@望夢楼 at 13:23| Comment(0) | TrackBack(0) | 疑似科学・懐疑論・トンデモ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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