2006年11月13日

教育勅語「国民道徳協会訳」と明治神宮

 現在広く流布している、教育勅語の「国民道徳協会訳」なるものが、じつは元衆議院議員の佐々木盛雄(1908.8.23-2001.8.25)による「口語文訳」(と呼べるような代物ではない)であることは以前(「教育勅語「国民道徳協会訳」の怪」2005年07月19日)に触れた。

 管見の限りでは、この「訳」文が公表されたのは、佐々木の『甦える教育勅語――親と子の教育読本』(国民道徳協会、1972年2月11日発行。国立国会図書館蔵)という著作が最初のようである。同書 pp. 56-57 に「教育勅語の口語文訳(著者の謹訳)」として問題の訳文が掲載されており、その後に「教育勅語の逐語解説」が続いている。「解説」の中には、「「我カ臣民」というのは「わが国民」とと同じこと」(p. 65)や「「皇運」は「国の運命」の意味」(p. 83)といった明らかな意図的誤解釈が何の説明もなく示されていたり、「爾祖先」がさりげなく「わたくしたちの祖先」(p. 85)とすりかえられていたりするなど、おかしな部分が少なくない。このことは以前にも指摘した。

 同書の発行元は「国民道徳協会」となっているが、「あとがき」には「仕方なく自家出版にした」という記述がある。『現代人名情報事典』(平凡社、1987年) p. 441 に佐々木が「国民道徳協会理事長」とあることから見ても、この「国民道徳協会」なるものが、佐々木による(おそらく個人的な)組織であることは間違いないであろう。

 さて、この「口語文訳」が世間に流布するようになったきっかけであるが、どうやら明治神宮が最初の流布元となったようである。1973年(昭和48)9月8日付『朝日新聞』朝刊第21面には、「教育勅語 口語で登場/明治神宮で無料配布」と題する記事が載せられている。

 明治神宮で、参拝客に無料で配られるパンフレットがちょっとした波紋をまき起こしている。パンフの中に「教育勅語」の全文が掲載されたうえ「その口語訳が正文と多少ニュアンスが違うのでは……」との意見も出ているからだ。「いまどき勅語など、時代錯誤もはなはだしい」と軍国主義の復活を心配する人。「勅語は明治天皇が詔勅された。明治神宮が配って当たり前」という人。「戦争を知らない若者に昔を教える意味でもよいことだ」とする見方もある。さて、あなたならどう考える?
    × × ×
 このパンフは縦約十五センチ、横約三十センチの三つ折りで、表に明治神宮、明治天皇、昭憲皇太后の説明など。中を開くと「明治天皇と教育勅語」とあり、天員が勅語を詔勅するに至った簡単ないきさつと、句読、ふりがな付きの「教育勅語の正文」、およぴその口語文訳が並ぶ。宗教法人明治神宮総務部の話では、昨年〔引用者註:1972年=昭和47年〕六月から南神円近くの宿衛舎と、神宮南端の無料休憩所に置かれ、希望者は自由に持ち帰ることができる。
 ところで、勅語の口語訳だが、たとえば「一旦緩急アレハ 義勇公ニ奉シ 以テ天壌無窮ノ皇運ヲ扶翼スヘシ」の部分が「非常事態の発生の場合は、真心を捧げて、国の平和と、安全に奉仕しなければなりません」と、“苦労”のあとがみえる。
 つづいて「是ノ如キハ独リ朕カ忠良ノ臣民タルノミナラス」が「これらのことは、善良な国民としての当然のつとめであるばかりでなく亅などとなっており、「皇室を中心にみ国を愛し務めを楽しく」と題した前文には「勅語にお示しになった大御心は、いかに時代が変わっても、本質的にはいささかの変りもない訳です」と。

 お気づきのように、この「口語訳」は問題の国民道徳協会訳である。同記事が正しいとすれば、佐々木による「口語謹訳」の発表後すぐに明治神宮が配布を始めたようである。

 同紙がこのパンフレットを取り上げたきっかけは、ある大学生の

「年配のかたがたで、教育勅語をいまわしい戦争の思い出とともに、心に抱いている人もあろう。都合の悪い部分を国の平和と安全という美名にすりかえることによって、新たな軍国主義をめざそうとする意図とも読み取れる」

という投書によるという。

 ついで同記事は明治神宮側のコメントを載せる。

 教育勅語の紹介は神宮財務部長、谷口寛(ゆたか)さん(五六)が考えた。谷口さんは「道徳の乱れた世の中です。親孝行や兄弟愛、夫婦の和をといた勅語を、この辺で思い出してほしかった。内容は軍国主義でも何でもない、人間が守らなければならない基本です。おおやけの学校などで配るというならともかく、神宮が配るのですから当然ではないでしょうか」と話す。口語訳は「国民道徳協会訳文による」とある。

 私見では、教育勅語の主要な論点は、天皇による統治の是非と、国家が道徳観念を規定することの是非にあるのであって、「軍国主義」という言い方はかえって問題の本質から目をそらせることになるのではないかと思うが、そのことはひとまず措いておく。

 確かに、明治神宮が教育勅語を配布することそれ自体は、信教の自由や思想・良心の自由、表現の自由などからいっても咎め立てられるべきことではないだろう(もちろん批判ならあってよいが)。しかしそれにしても、明治天皇を祀った明治神宮にとっては、「天壌無窮ノ皇運ヲ扶翼」することよりも「親孝行や兄弟愛、夫婦の和」のほうが大事だ、とでもいうのだろうか。なお、この「訳」を選んだ理由についての説明や、「訳」文の不正確さ、不自然さについての神宮側の釈明は、同記事内には特にない。

 最後に同記事は、識者コメントとして、無着成恭(むちゃく・せいきょう。1927-。僧侶・教育者。「全国こども電話相談室」のレギュラー回答者としても知られた。『山びこ学校』他)、会田雄次(1916-97。西洋史家。保守派の論客としても知られた。『アーロン収容所』他)、佐藤愛子(1923-。作家。『戦いすんで日が暮れて』他)のコメントを載せている。

 これについて「とんでもない。ナンセンスです」と明星学園教諭無着成恭さん(四六)。
 「昭和二十三年に、教育勅語は民主国家の建国の意志に反するとして、国会で失効が確認されたでしょ〔引用者註:より正確には、1948年(昭和23)6月に衆議院で「教育勅語等排除に関する決議」、参議院で「教育勅語等の失効確認に関する決議」がなされている〕。忠とか孝とかは人間の本質というが、道徳なんて両刃の剣です。誤った目的のためにバカ正直なのは、何の値うちもない。勅語に忠実だったために、どれだけの人が苦しんだんですか」
 一方、京大教授、会田雄次さん(五七)は「何も目くじらをたてることはないのでは」という意見。「だって、戦争を連想させるからイカンというのでは、軍歌も歌っちゃいけないことになりゃしませんか。明治神宮の存在そのものがイカンというのなら話は別ですが。まあ、内輪の問題だと思います」。
 また、作者の佐藤愛子さん(四九)。
 「ああいう時代があったということを知る記録として、便利なんじゃないかしら。はっきりさせなくてはならないのは、現代から当時を見つめるためであって、当時に引き戻すためではないこと。だから、口語訳も意訳で逃げずに、正確に訳すべきです」

 このパンフレットそのものはいまでは配布していないようであるが、明治神宮は現在でもウェブサイト上などでこの「国民道徳協会訳文」の紹介を続けている。また、明治神宮が現在でも発行している『大御心――明治天皇御製教育勅語謹解』(明治神宮社務所、1973年1月1日初版発行。ただし、筆者が所持しているのは1984年3月30日発行の第12版)という小冊子にも、この「国民道徳協会訳」が紹介されている。

posted by 長谷川@望夢楼 at 04:06| Comment(0) | TrackBack(0) | 教育勅語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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