手元に詳しい資料がないので、とりあえずネット上で容易に確認できる記事を示す。
1964年(昭和39)7月31日、衆議院社会労働委員会[http://kokkai.ndl.go.jp/SENTAKU/syugiin/046/0188/04607310188060a.html]における林修三・内閣法制局長官の答弁より。
文脈を確認しておくと、まず、長谷川保(はせがわ・たもつ)委員(日本社会党)が、この年8月15日の全国戦没者追悼式を靖国神社境内で挙行することになったことを、政教分離上問題があるのではないか、という理由から取り上げる。
なお、全国戦没者追悼式は、日本遺族会などの要望により、1963年から毎年8月15日に開催されることになった(これ以前にも、対日講和条約発効の1952年5月2日と、千鳥ヶ淵戦没者墓苑竣工式の1959年3月28日に開催されている)。最初の1963年は日比谷公会堂での開催であり、翌1964年も当初は同じ場所での開催が閣議決定されていたのだが、それが「遺族等の強い要望」という理由で靖国神社に変更されたのである。社会党からは小林進や滝井義高らも参戦し、政府を追及している。
○長谷川(保)委員 […]御承知のように、全国の公共団体これは国の機関も同様でありますが、国の機関あるいは公共団体におきまして、建築物あるいは橋をつくる、鉄道を敷く、こういうようなときにやはり神道の儀式をもっておはらいその他のことをやるのであります。これに国の金あるいは公共の金が出るとすれば、これは明らかに憲法違反だと思いますけれども、この点は法制局長官としてどう考えられますか。
○林説明員 いまおっしゃったような起工式とか竣工式とかに、いわゆる神式でございますかの行事が行なわれていることは、どうも事実のようであります。これは行ない方にはいろいろあるようでございまして、工事業者がやっている場合もあるようでございますが、しかしやはり公共団体等がみずからやっている例も多いようでございます。この点につきまして私どももかねて考えておるわけでございますが、かつて、実は少し問題は違いますが、例のクリスマスのツリーを国鉄の駅の前に立てたということで問題が起こったことがございます。その際に私ども意見を聞かれまして、ああいうクリスマス・ツリーは、日本においてはすでに宗教的色彩を失って一種の習俗的な行事であるというふうになっているんじゃないか、あれを見て直ちにだれも宗教的感じを抱かないんじゃないか、そういうふうにわれわれ申しまして、あの程度のものはいいじゃないかということを申したことがございます。いまの起工式あるいは竣工式につきましても、実は私ども、すでに日本のいわゆる古来の習俗というようなことになっておるんじゃないか。これはいろいろの例を見ましても、仏教信者がおはらいをするときにもああいうものを使う、あるいは竣工式、起工式にはああいう式をやる、あるいは役所のたとえば火よけに秋葉神社のお札を持ってくるというのは、これは必ずしもその人が神道であるということに結びつかないで、日本においてはすでに一つの習俗的なものになっている、こう考えていいんじゃないかと私ども考えて、そういうようなこととしてどうも認めざるを得ないんじゃないかと思っておるわけでございます。
○長谷川(保)委員 それは全くのひどい話でありまして、これは神の降臨を祈って、御承知のようにのりとも日向の橘之小戸とかなんとかいうことを言う。これは全くの神道の儀式であります。これを単なる習俗ということはいけない。むしろやはり国あるいは公共のものは、そういう宗教を入れる必要はない、何も入れる必要はないのであります。したがって起工式なら起工式、竣工式なら竣工式を無宗教でおやりになればいいのでありまして、そういう形ですでに行なっているところもあります。実業家などでもあります。この間も私はある件で関係したのでありますが、本田モーター、あれなどはもう起工式なんて何もやりません。そういうことでいいんだと思います。[…]
国鉄(現在のJR)は当時は国有企業(日本国有鉄道)の運営だったため、こうした問題が生じたわけである。
ちなみに、長谷川(1903-94)はクリスチャンであり、聖隷福祉事業団・聖隷学園などの創立者として知られる社会運動家・教育家でもある。林がクリスマス・ツリーの件を持ち出したのは、クリスチャンである長谷川の批判をかわそうとする狙いから、ということかもしれない。
結局、翌1965年からは全国戦没者追悼式は日本武道館で行われるようになり、現在に至っている。
長谷川が問題とした「神道の儀式」すなわち地鎮祭については、のちに津地鎮祭訴訟(1965〜77年)として実際に裁判で争われているが、第一審では習俗的行為として合憲とする判決、控訴審では宗教的行為であり違憲とする逆転判決、上告審では、やはり習俗的行為として合憲とする再逆転判決が下されている(ただし、最高裁判決は裁判官中8名が合憲、5名が違憲と判断したもの)。