2011年06月15日

アタオコロイノナは北杜夫の創作ではない

 北杜夫の『どくとるマンボウ航海記』(1960年)および『どくとるマンボウ昆虫記』(1961年)ほかに登場するマダガスカル神話の「アタオコロイノナ」について、北の創作である、という誤解が一部で広まっているようである。日本語版ウィキペディアの「アタオコロイノナ」の項には、「北杜夫の著作以外の登場が無いこと、多くの研究者のフィールドワークの報告や様々な神話集・伝承集などに一切記述が無いことなどから、実際は北杜夫の創作した神であると考えられる。」などと書かれてしまっている(上記の記述は2009年2月17日の版で付加、2009年9月24日の最新版まで修正なし)。

 北自身、『昆虫記』で「これはマダガスカル南西部に残る正統な伝説である」と書いてあるだけで、はっきりとした典拠を示していないという問題はあるのだが、少なくとも、「様々な神話集・伝承集などに一切記述が無い」というのは間違い。これは、 Google ブック検索で “Ataokoloinona” を検索してみれば、すぐにわかることである(→検索結果)。

 たとえば、 Felix Guirand (ed.), Richard Aldington & Delano Ames (transl.), New Larousse Encyclopedia of Mythology, London: Hamlyn Publishing, 1968, pp. 473-474 に、次のようにある。

A legend of south-west Madagascar deals with the origins of death and rain among the Malagasy, and at the same time explains the appearance of mankind on earth.

‘Once upon a time Ndriananahary (God) sent down to earth his son Ataokoloinona (Water-a-Strange-Thing) to Look into everything and advise on the possibility of creating living beings. At his father's order Ataokoloinona left the sky, and came down to the globe of the world. But, they say, it was so insufferably hot on earth that Ataokoloinona could not live there, and plunged into the depths of the ground to find a little coolness. He never appeared again.

‘Ndriananahary waited a long time for his son to return. Extremely uneasy at not seeing him return at the time agreed, he sent servants to look for Ataokoloinona. They were men, who came down to earth, and each of them went a different way to try to find the missing person. But all their searching was fruitless.

‘Ndriananahary's servants were wretched, for the earth was almost uninhabitable, it was so dry and hot, so arid and bare, and for lack of rain not one plant could grow on this barren soil.

‘Seeing the uselessness of their efforts, men from time to time sent one of their number to inform Ndriananahary of the failure of their search, and to ask for fresh instructions.

‘Numbers of them were thus despatched to the Creator, but unluckily not one returned to earth. They are the Dead. To this day messengers are stiu sent to Heaven since Ataokoloinona has not yet been found, and no reply from Ndriananahary has yet reached the earth, where the first men settled down and have multiplied. They don't know what to do – should they go on looking? Should they give up? Alas, not one of the messengers has returned to give up information on this point. And yet we still keep sending them, and the unsuccessful search continues.

‘For this reason it is said that the dead never return to earth. To reward mankind for their persistence in looking for his son, Ndriananahary sent rain to cool the earth and to allow his servants to cultivate the plants they need for food.

‘Such is the origin of fruitful rain.’

[大略――南西マダガスカルにつたわる神話によれば、神ンドリアナナハリ(ヌドリアナナハリ)は、その息子アタオコロイノナを、地上に生命を生み出すことが可能かどうかを調べさるために、地上に使わした。ところが、そのころの地上はものすごく熱かったので、アタオコロイノナは地下にもぐりこんでしまい、そのまま姿を消してしまった。ンドリアナナハリは、息子が帰ってこないので、それを捜すために使用人を地上につかわせた。すなわち、これが人間の起源である。しかしアタオコロイノナがどうしても見つからないので、人間はンドリアナナハリに使者を寄こして新たなる指示をあおごうとした。これがすなわち「死」の起源である。しかし、ンドリアナナハリのもとに派遣した使者は誰一人として戻ってこなかった。そのため人間はいまだにアタオコロイノナを捜し続けている。また、雨は、ンドリアナナハリが、人間がアタオコロイノナを捜しやすくするよう、地上を冷やし、食べ物をもたらすために降らせているものである。]

 話の筋は、北が『昆虫記』で紹介しているものとほぼ同じ。 “Water-a-Strange-Thing” がもし “What-a-Strange-Thing” の間違いだとすれば、確かに、北のいうところの「何だか変てこりんなもの」ということになる。なお、マラガシ語(マダガスカル語)の表記法では o は /u/ と発音されるそうなので、 Ataokoloinona は、より正確には「アタウクルイヌナ」となるのかもしれない。

ラベル:読書
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posted by 長谷川@望夢楼 at 20:24| Comment(3) | TrackBack(0) | 読書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
『どくとるマンボウ航海記』は、大好きな本でした。
『どくとるマンボウ航海記』に中の「アオタコロイノナ」は、そういうものなんだと、北杜夫さんの文をそのまま信じていました。
「アオタコロイノナ」又は「アタウクルイヌナ」は、ちゃんとマダガスカルの神話集に入っている事を初めて知りました。
良い事知りました。
長谷川さん、ありがとうございます。
Posted by ダグラスリーフ at 2011年06月16日 21:54
間違えました。
「アオタコロイノナ」×でした。
「アタオコロイノナ」○でした。
ごめんなさい。
Posted by ダグラスリーフ at 2011年06月16日 21:59
オリジナルの記録にまで遡っているわけではないので、マダガスカルに本当にそういう伝承が存在するのかまでは確定できていません(可能性としては低いと思いますが、最初の報告の段階で嘘もしくは誤りが含まれている可能性もあるので)。
「アタウクルイヌナ」が正確かどうかは(マラガシ語の現行表記規則によればそうなるはずですが)自信ありません。
Posted by 長谷川@望夢楼 at 2011年06月20日 06:13
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