2011年05月10日

地方紙号外に見る関東大震災についてのデマ記事

 先日(5月1日)、 Twitter でこんな話を書いたところ、予想外に反響があった。

  • 関東大震災のときに地方紙に載ったデマは、例の「不逞鮮人」関係を除いても酷いもので、報道の通りなら伊豆諸島はすべて水没し、富士山は爆発し、名古屋は壊滅し、高橋是清や松方正義は死亡し、宮城(皇居)は炎上し、山本権兵衛首相は暗殺されているはず。 posted at 00:16:34

 せっかくなので、新聞資料ライブラリー〔監修〕『シリーズその日の新聞 関東大震災 上 激震・関東大震災の日』(大空社、1992年)に収録されている地方紙の号外の中から、明らかなデマ記事をいくつか抜き出してみた。以下の抜き書きは、1923年9月4日ごろまでのものの中から目についたものを適当に選んだだけであり、網羅的なものではないことをお断りしておく。漢字は新字体に直した。[…]は引用者註。散発的な誤報もあれば、「松方公薨去」のように、本格的に信じられていた誤報もある。

 記事を見ていると、東京発の情報が途絶えている中で、地方紙の側が、なんとかして情報をかきあつめようと四苦八苦しているのがわかる。もちろん正しい情報も掲載されているのだが、しかし、このような虚報が大量に流されていたのもまた事実である。なお、ここでは挙げていないが、明らかに最も目につくのが「朝鮮人が爆弾や毒薬を持って暴れている」の類の悪質なデマである。

◎槍ヶ岳が噴火

大地震の原因は槍ケ岳の爆発

大地震の原因は日本アルプスの槍ケ岳の爆発と判明した[『小樽新聞』9月2日号外]

 そもそも火山じゃない。

◎秩父山が噴火

秩父連山大爆発/噴煙天に冲す

秩父連山は卅日噴火を始め一日正午に至り俄然噴煙天に冲して大爆発をしたものらしく之を高崎方面で眺むれば寧ろ壮観で今回の大地震は秩父連山の大爆発によるものあらうとも伝えられてゐる(長野来電)[『大阪毎日新聞』9月2日付号外第2]

 やっぱり火山じゃない。

◎横須賀が沈没

横須賀は陥没/所在不明

(二日午前十一時四十分青森発無線通信)横須賀陥没し所在を知る能[あた]はず[『小樽新聞』9月2日付号外第2]

 ちなみに、同じ号外に「青森発」として「不逞鮮人横行の為め取締困難を極む東京」というデマ記事が載せられている。

◎伊豆大島が沈没

島影を認め得ぬ小笠原と大島/海中に陥没せるものらしい

小笠原大島等は強震のため渺茫[べうぼう]たる海原と化し海上から視察するも島影をみとめ難く海中に没したものらしい(二日宇都宮発)[『小樽新聞』9月3日付号外第2]

新島出現す/大島が見えない

千葉警察部の報道によれば伊豆大島の前方に新しき島が出現し大島は新島に遮られて見えなくなつたと一説には大島は陥落して見えなくなつたのではあるまいかと噂されて居る[『名古屋新聞』9月4日付号外第2]

震源地大島/全島沈下して全島民溺死

今回の震源地なる伊豆大島全島沈下した為め島民全部溺死したとの説あるが消息不明の為め詳細判明せず[『名古屋毎日新聞』9月4日付号外]

◎宮城(皇居)炎上

宮城の一部焼失/鉄道省は全焼す/札幌鉄道局に達せる情報

二日午後二時まで札幌鉄道局に達した情報によれば宮中の一部焼失鉄道省は全焼し[…][『小樽新聞』9月2日付号外第2]

(※追記――鉄道省本庁舎の炎上は事実です。誤解されそうなので念のため。)

宮城今尚鎮火せず

[…]宮城も尚焼けつゝある(二日午前六時大阪運輸事務所着電)[『大阪毎日新聞』9月2日付号外第2]

全市火の海/宮城も半焼

【長野電話】東京市の火事は二日午前二時半に至るも尚ほ止まず[…]尚ほ宮城も遂に半焼した[…][『九州日報』9月2日付号外]

(※追記――宮城の一部に飛び火があったところまでは事実なので、最初の2つは完全な虚報とまではいえない。とはいえ、「半焼」は明らかに行き過ぎ。)

◎松方正義が死亡

松方公薨去

重傷を負ふて危篤に陥つた松方老公は遂に薨去した享年八十九歳(名古屋)[『京都日出新聞』9月3日付附録]

松方公薨去/鎌倉で負傷中の処

鎌倉に静養中の松方公が負傷したことは既報のごとくなるが引続き加療中の所三日薨去した(三日青森発)[『小樽新聞』9月4日付号外第1]

松方公逝去

松方公は鎌倉別邸に避暑中であつたが震災と同時に家屋倒潰し公は二日屋根の下敷になつて惨死して居たので三日重態の旨宮内省に届出でた[『名古屋新聞』9月4日付号外第2]

 最も代表的な「著名人が死亡」の虚報。松方正義(元老、公爵)は実際には1924年死去。なお、『名古屋新聞』の記事には、「惨死」後に「重態」を届け出る、という矛盾がある。

◎高橋是清が死亡

高橋総裁以下政友会幹部廿名圧死/本部で協議中俄然建物倒壊す

【名古屋電話】一日午後一時政友会本部で幹部会を開き協議中であつた高橋総裁以下二十名の幹部は本部建物倒壊の為め非難する暇なく全部圧死したとの情報を中央線列車乗組の車掌が齎らした[『九州日報』9月3日付号外第4]

政友会本部倒潰し高橋総裁圧死/幹部廿名と協議中の災厄

政友会高橋総裁は幹部二十名と本部にて政策問題につき協議中本部倒壊し高橋総裁は圧死したと(四日青森発)[『小樽新聞』9月4日付号外第1]

 高橋是清(元首相、立憲政友会総裁)は実際には1936年の2・26事件で殺害されている。

◎華頂宮博忠王が死亡

華頂宮薨去/横須賀隧道内で土砂崩壊の為

海軍少尉華頂宮博忠王殿下(二十二歳)には安否不明なりしも横須賀第一隧道内に於て御乗車の列車に土砂崩壊し薨去遊ばされたり[『名古屋新聞』9月4日付号外第2]

 華頂宮博忠王は実際には1924年死去。

◎島津忠重が死亡

島津公圧死

島津忠重公は去る一日大崎の本邸にて圧死した[『名古屋新聞』9月4日付号外第2]

 島津忠重(旧薩摩藩主島津家当主、公爵)は実際には1968年死去。

◎山本権兵衛首相暗殺

山本伯暗殺の風説/未だ尚ほ信ぜられず

内閣瓦解の後に大命を拝して新閣僚の選定に努めつつあつた山本権兵衛伯は一日激震の最中何者かに暗殺されたといふ風説伝はる、流言頻々たる折柄本社は尚ほ極力精探中であるが未だ信ぜられず[『大阪朝日新聞』9月2日付号外第2]

山本伯身辺の風説/確証も打消材料も共に無い

山本首相が暗殺されたといふ流説が専ら伝はつたそれを聞いた者は上野運輸事務所の者の口から出たといふが此場合の事とて何ら根拠ありとも認められぬと同時に又打消すべき確証もない(名古屋来電)[『大阪毎日新聞』9月2日付号外第2。ほとんど同一の文章が『九州日報』9月2日付号外にも「長野電話」としてある]

 ことがあまりに重大なためか、さすがに未確認情報だと断っている。

◎名古屋市でも震災

名古屋全滅は風説ならん/名古屋鉄道局から札鉄へ業務上の通信

名古屋は震災を被つて全滅したと云ふ噂があつたが三日午後四時三十五分名古屋発同十一時十三分札幌鉄道局着電に依ると、中央線浅川塩山間不通の処猿橋塩山開通すとの電頼があつた、之に依ると右風説は虚構であらうと[『小樽新聞』9月4日付号外第2]

 この場合はデマ訂正だが、つまりそれ以前にそういうデマが広まっていたということである。何が陰鬱かといって、同じ号外に「不逞鮮人水道に毒薬を投ず」「爆弾携帯の不逞鮮人四百名逮捕」といった悪質なデマ記事が載っていることだろう(400人もが携帯できる量の爆弾なんか、いったいいつ、どこで用意したというのだ?)。

 ……あれ? 富士山噴火が無いな。見落としたか。

(21:00 若干の誤記を修正、追記を付け加えました。)

(5月16日追記。「富士山噴火」「名古屋市でも震災」については続きを参照のこと。)

posted by 長谷川@望夢楼 at 01:56| Comment(1) | TrackBack(1) | 歴史の話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
『Jr.日本の歴史 6 大日本帝国の時代』(小学館)を読んでいたら、「コラム 関東大震災の体験」P221-P223があり熱心に読みました。色々考えました。コラム中の「民衆のあいだにとびかう流言飛語(デマ)を、軍も警察も行政も、収拾しようとはしませんでした。」の文に悲しくなりました。地方紙号外に見る関東大震災についてのデマ記事にびっくりしました。図書館に行って勉強しようと思います。 
Posted by ダグラスリーフ at 2011年05月10日 07:57
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ここは酷い有給休暇ですね
Excerpt: 土浦市:震災直後に休暇取得、職員3人処分 /茨城 - 毎日jp(毎日新聞) http://mainichi.jp/area/ibaraki/news/20110510ddlk08010083000c..
Weblog: 障害報告@webry
Tracked: 2011-05-11 01:05
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