2017年01月31日

『郷友』誌掲載の奇怪な講演録(10)真珠湾攻撃で最初の一発を撃ったのはアメリカ側だから、日本の奇襲攻撃ではない?!

第1回第9回

  • 三上照夫「講演要旨 大東亜(太平洋)戦争は日本が仕掛けた侵略戦争か」『郷友』第35巻第1号通巻第407号(東京:日本郷友連盟、1989年1月1日発行)28〜45頁。

 真珠湾攻撃について。

 では急襲(サープライズ)、宣戦布告三十五分前に本当に攻撃したのか、さにあらず、米国は攻撃命令が出おりますのでその二時間前、日本の潜水艦と駆逐艦が攻撃され潜水艦が沈められておりますから、明らかに最初の一発はアメリカ側が早かったのでした。[35-36頁]

 真珠湾攻撃が始まったのは、1941年12月8日の日本時間午前3時19分(ハワイ時間7日午前7時49分)。野村吉三郎駐米大使がハル国務長官に日米交渉の打ち切り通告を手交したのは日本時間午前4時20分、つまり約1時間後である(よく誤解されているが、これはあくまで交渉打ち切り通告であって宣戦布告ではない。少なくとも国際法上の宣戦布告の体裁をなしていなかった。宣戦布告詔書が発せられたのは日本時間午前11時40分で、攻撃開始の8時間も後である)。「35分」というのはどこから出て来たのだろうか。

 なお、ハワイ時間6時45分頃(つまり攻撃開始の約1時間前)、アメリカ海軍の駆逐艦ウォード号(USS Ward)が、アメリカの領海内の防衛区域で国籍不明の小型潜航艇(日本海軍の特殊潜航艇と推定されている)を発見し撃沈した、という記録は確かに存在する(防衛庁防衛研修所戦史室『戦史叢書 ハワイ作戦』朝雲出版社、1967年、400頁。ゴードン・W・プランゲ/土門周平+高橋久志〔訳〕『真珠湾は眠っていたか II・世紀の奇襲』講談社、1986年、291-292頁。他)。ただし、潜水艦が潜航したまま領海に侵入することは、それだけで敵対行為であり、ウォード号の行動は正当防衛にあたる。しかもこの場合、本当に攻撃する気で侵入してきたのだから、先制攻撃を仕掛けたのは日本側である、ということには何ら変わりがない。このエピソードは確かに意外なものだが、ただそれだけの話なので、誰も問題にしていないのである。

 なお「潜水艦と駆逐艦が」は原文のママ。「潜水艦が駆逐艦に」なら意味が通じる。

 ところで、三上は全く触れていないが、そもそも真珠湾攻撃開始の約2時間前に、日本陸軍がマレー半島のコタバル(英領マラヤ、現・マレーシア)への奇襲上陸作戦を開始している。これが対イギリス開戦である。これが国際法違反の奇襲攻撃であったことに疑問の余地はない。イギリスに対しては事前に何の交渉もしていなかったし、事前の宣戦布告もしていなかったからである。宣戦詔書の題名は「米国及英国ニ対スル宣戦ノ詔書」。イギリスにも戦争を仕掛けたことを忘れてはいけない。

(第11回につづく)

posted by 長谷川@望夢楼 at 19:05| Comment(0) | TrackBack(0) | 疑似科学・懐疑論・トンデモ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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